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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)8237号 判決 1967年10月11日

原告

沢田福太郎

外一八名

右訴訟代理人

内藤功

外二名

被告

日本国有鉄道

右代表者

石田礼助

右訴訟代理人

田中治彦

外一五名

主文

被告は原告らに対し、それぞれ別表債権額欄記載の金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

事   実<省略>

理由

一原告らが、いずれも日本国有鉄道法に基づいて鉄道事業等を経営する公共企業体たる被告に、その職員として雇傭され、かねてから、それぞれ別表勤務箇所欄記載の機関区またはその支区に所属し、同表職名欄記載の職にあつて、昭和三六年三月中の同表休暇日欄記載の日には同表勤務時間欄記載の時間を勤務すべく命じられていたが、いずれも右勤務日につき事前に(すなわち三月一〇日ないし一五日の間に)年休の申請をし、かつ、年休付与権限を与えられた箇所長の職務代理者の明示もしくは黙示の承認を得て、その勤務から離れたこと、ところが、被告が原告瀬戸、同宮嶋および同会田の同年四月の給与のうち当該年休の日の賃金に当る同表債権額欄記載の金額を支払わず、同年四、五月中、その余の原告らから、それぞれ同年四月の給与のうち当該年休の日の賃金に当る同表債権額記載の金額が過払であつたとして、その返還を受けたことは当事者間に争いがない。

二被告は、原告らには当該年休の日の賃金請求権がないと主張するので、判断する。

(一)  被告は、その理由として、まず原告らは年休を争議行為に参加するために利用したのであるから、年休請求はその制度の目的ないし本質に照らし法律上効果がない旨を主張する。

1  そして、原告らが被告の動力車関係業務に従事する職員で組織される動労の組合員であること、動労が国鉄近代化計画に関する事前協議協定の内容改訂等の諸要求貫徹のため水戸地本ほか全国九個の地本において、拠点たる機関区(水戸地本にあつては水戸機関区)所属の動力車乗務員たる組合員が昭和三六年三月一五日午前〇時より九時まで休暇を請求して欠務するという統一行動を実施し、右斗争を実効あらしめるため、右各地本において組合員によるピケ隊を組織したこと、原告らが右統一行動に際しそれぞれ同月一四日または一五日の勤務時間を水戸地本におけるピケ隊参加に繰り合すべく年休を請求して勤務を離れて右ピケ隊に参加したこと、水戸地本のピケ隊が同月一四日午前三時三〇分頃から水戸機関区構内において、翌一五日を乗務日とする乗務員に対し右斗争に参加し欠務するよう説得、勧誘し、更には、右乗務員を水戸地本事務所または旅館等に連行し、また、同月一四日午後七時頃から翌一五日午前四時頃までの間、水戸駅構内において、右機関区の助勤を命じられて同駅に赴いた他機関区所属の機関士鈴木一郎らを水戸地本事務所に連行し、乗務のため同駅に赴いた水戸機関区所属機関士吉田清に斗争協力方を説得し、さらには同駅に到着した列車の機関士らに対し、機関車から降車、欠務するよう説得したこと、これがため、同月一五日午前〇時から五時五〇分までに乗務または出務すべき乗務員七五名が五五分ないし一〇時間一八分欠務し、また、貨物列車一四本、旅客列車六本、単行機関車および荷物列車各一本が運転休止または五分ないし二時間五六分の遅延をみたほか、被告の一般業務が渋滞したことは当事者間に争いがなく、右事実によると、原告らは被告の業務の正常な運営を阻害する争議行為に参加するため年休を請求し、かつまた、その年休を右争議行為に利用したというべきである。

2  ところで労基法三九条一、二項が使用者は一定期間を継続し、かつ一定割合の労働日を勤務した労働者に対し年次ごとに一定日数の有給休暇を休日のほかに継続または分割して与えなければならないことを規定した趣旨は、労働者に過去の労働による肉体的、精神的疲労を回復させて、労働力の維持培養に資し、併せて健康な最低限度の生活を営ませるため、労働者が賃金の保障を受けながら、他方制裁等の危惧なく、労務から離脱し得ることとするにあるものと思われる。したがつて、年休も労務からの開放という点では休日と少しも異らないところ、これに対し賃金の保障があり、制裁の危険がないことの故に労基法がその利用目的に応じて制限を設けたとみるべき政策上の根拠はないから、一般的にいう限り、労働者が年休をいかなる目的、用途に利用するかはその自由に委ねられているものと解すのが相当である。そのように考えると、労働者に年休請求につき、その利用目的を使用者に告知すべき義務はなく、また使用者もその利用目的如何により年休の許否を左右し得べき筋合はない。ただ、使用者にとり労働者にいかなる時季に年休を与えるかは企業の運営上、当然の関心事であつて、労働者に、その請求した時季に年休を与えたのでは事業の正常な運営に妨げがあるのに、なおかつ、これを与うべきものとするのは労使間の利害の均衡を失するので、労基法三九条三項の規定は、かような場合には使用者において時季変更権を行使して労働者の請求する時季に年休を与えることを拒否し得ることにしたものと解される。したがつて、使用者が労働者に、その請求の時季に年休を付与するか否かの選択は専ら、これにより事業の正常な運営が阻害されるか否かによつて決定すべきものといわなければならない(もつとも、使用者が事業の正常な運営を阻害しないと判断して労働者に年休を付与したところ、これにより事業の正常な運営が阻害された場合には、使用者において労働者の詐術等のため、右事態を防止し得なかつたというような事情があれば、右条項の趣旨からしても、使用者は、その年休につき単なる欠勤扱いとなし得るものと解するのが相当である。)。そして、この場合、事業の正常な運営の阻害の有無は、その労働者の年休による不就労との因果関係が問題とされるのであるから、その直属する事業場の業務の総体についてみるべきであつて、使用者が営む他の事業場の業務とは原則として関係がないものといわなければならない。

3  しかるに本件についてみると、原告らが、その請求の時季に年休をとつたことにより、その所属の事業場たる前記機関区またはその支区における被告の事業の正常な運営が阻害されたことを認むべき証拠はなく、被告の各箇所長の代理者が原告らの年休請求に対し明示もしくは黙示に承認を与えた事実によれば、むしろ原告らの年休請求が、その所属事業場における事業の正常な運営を阻害しなかつたことが推認されるのである。

したがつた、原告らが右年休を水戸機関区における争議行為に参加するため請求し、かつまた利用したというだけでは、年休制度の目的ないし、本質に反するものといえないのは勿論、右年休につき単なる欠勤扱いとすべきいわれもないから、被告のこの点の主張は理由がない。

(二)  次に被告は原告らが年休の請求につき、その理由を申詐り各箇所長を誤信させて、これに対する承認を得たものであるから、右承認を取消す旨を主張するが、労働者が年休をいかなる目的に利用するかはその自由に委ねられ、使用者もその利用目的の如何により、年休付与を左右し得ないことは前説示のとおりであるから、原告らが、その年休取得により所属の各事業場の事業の正常な運営を阻害するに至るべきことを秘匿したとでもいうのでない限り、年休付与が詐欺によつたものということはできない。しかるに原告らの年休取得により右各事業場に業務阻害の事態が生じたといえないことは前説示のとおりであるから、被告の主張は理由がない。

(三)  最後に被告は原告らの年休請求が権利の乱用であると主張するが、原告らが、その年休を他の事業場たる水戸機関区における争議行為の支援に利用するのも前示理由により法の容認するところであるから、被告の主張は理由がない。

三してみると、原告らの当該年休の請求は適法というべきであつて、結局被告は原告らの同年四月分の給与には当然それぞれ別表債権額欄記載の金額を加えて支払うべき義務があるものである。したがつて、また、その支払を受けない原告瀬戸、同宮嶋および同会田を別として被告がその余の原告らから同月分の給与のうち右金額の返還を受けたのは法律上の原因なくして右原告らの損失において利得したことに帰着する。

よつて、被告に対し右未払賃金の支払を求める原告瀬戸、同宮嶋および同会田の本訴請求竝びに右不当利得金の償還を求めるその余の原告らの本訴請求はいずれも正当として認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。(駒田駿太郎 高山晨 田中康久)

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